相続税 実務メモ

相続前の資金移動をどう整理するか
贈与・貸付金・預け金・名義預金の判定と、障害者控除の沿革

親から子へ生前に渡された資金が、相続税の申告でどの性質として扱われるか。判定の順序と4つの選択肢の考え方、そして数十年前の相続で障害者控除を受けていた場合に今回の控除がどうなるかを整理しました。

相続税の税務調査で最も争われるのは、生前に動いた資金の性質です。同じ一回の入金が、贈与とも貸付金とも預け金とも名義預金とも構成され得ます。どれになるかで、相続財産に計上するかどうかが変わります。

この判定でつまずく典型が、税法の当てはめから入ってしまうことです。「贈与なら時効だから贈与で行こう」と決めてから事実を集めると、反対の構成を出されたときに何も残っていない、という事態になります。

1 判断の順序を間違えない

最も重要な原則

事実関係の確定が先、税法解釈は後。そもそもの行為が贈与なのか貸付なのかという私法上の事実が先にあり、その事実に対して税法の解釈が当てはまります。税額やリスクだけを見て先に結論を決めると、事実関係との齟齬でひっくり返されます。

実務で起きやすいのは、自分が持っていきたい方向の質問ばかりしてしまうことです。時効が成立する構成に有利な話だけを積極的に聞き、「贈与ではないんですね、では大丈夫です」と切り上げてしまう。しかしそこで聞かなかった論点こそ、調査官が突いてくる論点になります。

正しい進め方は、貸付ではなかったか、預け金ではなかったか、本人が使い果たしていないかまで含めてフラットに聞き取り、材料が揃ったうえでどの性質で主張するかを決め、その主張の根拠を記録として残すことです。

本人の発言と、実際の管理・運用の実態は、しばしば食い違います。「借りたものだ」と言っていても、全部使い果たして返済の事実もなければ贈与と見られます。逆に「もらった」と言っていても、別口座にプールして本人のためだけに使い、自分は一切触っていないという実態があれば預け金と見られます。両方を並べて、どちらが正しいかを検討することになります。

2 4つの性質の考え方

贈与

民法549条の諾成契約。「あげる」だけでは足りず、相手の「もらう」という受諾が必要。意思の合致が成立要件です。

貸付金

被相続人の債権として相続財産に計上。契約書・返済の事実・返済期限・利息の有無が判断材料になります。

預け金

他人に預けたことが明らかな金銭。被相続人の財産として相続財産に計上されます。

名義預金

他人名義だが実質は被相続人に帰属する預金。名義ではなく実質で判定されます。

贈与 ― 「もらう」がなければ成立しない

贈与は片方の意思だけでは成立しません。ここが名義預金認定の最大の分岐点になります。受贈者が口座の存在を知らず、通帳も印鑑も渡されていなければ、贈与契約書があっても贈与は成立していないと判断され得ます。

受贈者が自分で意思表示できない状態にある場合でも、法定代理人が受諾すれば贈与は成立し得ます。未成年者の親権者について、法定代理人として贈与の申込みを受諾した結果、贈与契約が成立し当該預金は子に帰属すると判断した裁決があります(令和3年9月17日裁決・裁決事例集No.124)。同じ裁決では、成年に達していた別の子については、口座が贈与の外形を作出するために開設され被相続人の支配下にあったとして、名義預金と判断されています。同じ贈与証で結論が分かれた点が実務上重要です。

見落としやすい論点

生活費の非課税は「一括で渡す」と使えません。相続税法21条の3第1項2号の非課税は、相続税法基本通達21の3-5により「生活費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産」に限られます。数年分をまとめて渡し、預貯金として残っている部分は非課税になりません(国税庁「扶養義務者から生活費又は教育費の贈与を受けた場合の贈与税に関するQ&A」Q1-3)。

貸付金 ― 契約書がないのが普通、という前提から始まる

親族間で金銭消費貸借契約書が作られていることはほとんどありません。返済の事実がなく、返済期限の定めも利息もない、いわゆる「ある時払いの催促なし」であれば、原則としては贈与と判断される方向になります。相続税法基本通達9-10も、親子間等で無利子の金銭の貸与があった場合には事実上の贈与でないかを念査すべき旨を定めています。

ただし実務上は、贈与税を課税できない場面で、逆に貸付金として相続財産に取り込む構成が採られることがあります。理屈としては通りにくい構成であっても実際に出てくるため、贈与一本で組み立てず、貸付金として構成された場合の反論材料も併せて用意しておく必要があります。

預け金・名義預金 ― 名義ではなく実質で見る

名義預金の判定は、単に名義人が誰かという形式のみによらず、次の要素を総合的に勘案して行うのが確立した考え方です(平成19年10月4日裁決・裁決事例集No.74ほか)。

判定要素実際に評価される具体的な事実
原資の出捐者口座設定当時の名義人・出捐者たり得る者の収入および資産の取得・保有状況。特定の資金(退職金、株式売却代金、保険金など)の流れ
管理・運用の状況通帳・証書・印章の保管場所、印鑑届や申込書の筆跡、届出住所の変更手続を誰が行ったか、窓口での入出金手続を誰が行ったか
贈与の事実の有無受贈の意思表示があったか、名義人が口座の存在を知っていたか、自由に処分できる状況にあったか、贈与税の申告の有無
利益の享受者口座から被相続人が負担すべき公租公課等が引き落とされていないか、利息が誰のものとして処理されていたか
名義を借りた経緯非課税枠の利用、預金保険の分散、贈与の外形の作出など、名義を分けた理由

立証責任は原則として課税庁側にあります。実際、原処分庁が管理状況や出捐状況を具体的に主張立証しなかったため、帰属が明らかでないとして課税処分が全部取り消された裁決があります(平成25年12月10日裁決・裁決事例集No.93)。もっとも実務上は、原資と管理を課税庁が押さえると事実上の推定が働き、「贈与があった」ことを示す負担は納税者側に移ります。「請求人の答述しかなく、これを裏付ける証拠が存在しない」として主張が退けられた裁決もあり(平成31年4月19日裁決)、記録を残していない側が不利になります

3 成年後見が関わる場合の特有の視点

受け取った側が他の家族の成年後見人であり、被後見人のために管理することを前提に資金を受け取っていた、という類型があります。この場合、判定の重心が少し動きます。

被後見人への贈与と見る方向に働く事情

成年後見制度そのものが「被後見人のために財産を管理・運用する」ことを前提とした制度である点。後見人が本人に代わって受諾していれば、贈与の効果は被後見人に帰属します。この建前がある以上、「残っていれば被相続人が回収したはずだ」という理屈で被相続人に引き戻す構成は取りにくくなります。

後見人個人への贈与と見られやすくなる事情

資金が後見人管理の専用口座ではなく、後見人個人の生活口座に入っている場合。他の資金と混在していたり、後見人自身が費消した部分があれば、被後見人への帰属を主張する上での弱点になります。

したがって、この類型では口座の種別と、資金の実際の使途が鍵になります。専用口座で管理され本人のためだけに使われていれば被後見人への帰属が主張しやすく、生活口座で混在していれば後見人個人への贈与という構成に傾きます。

4 「贈与税の時効」は安全弁にならない

「7年以上前の贈与だから時効だ」という整理は、しばしば誤解を含みます。整理すると次の三分岐になります。

状況帰結
贈与が成立しており、加算期間より前の贈与贈与税は除斥期間経過により課税されない。相続財産にも加算されない
贈与が成立しており、相続開始前の加算期間内の贈与生前贈与加算により相続税の課税価格に加算される(相続税法19条)
そもそも贈与が成立していない名義預金・預け金として被相続人の相続財産になる。除斥期間は無関係
構造の理解

3番目は時効の問題ではなく、財産が誰に帰属するかという問題です。したがって贈与税の除斥期間が過ぎていても影響を受けません。税務調査で実際に争われるのは、ほぼ常に「贈与が成立していたかどうか」です。

期間の整理

項目根拠期間
贈与税の除斥期間相続税法37条1項6年
同(偽りその他不正の行為があった場合)相続税法37条4項7年
相続税の除斥期間国税通則法70条1項1号5年
同(偽りその他不正の行為があった場合)国税通則法70条5項1号7年
更正の請求国税通則法23条1項1号法定申告期限から5年

贈与税の除斥期間を定める規定は、令和5年4月1日から条番号が繰り下がり、相続税法36条から37条になりました。古い資料を参照する際は注意が必要です。

生前贈与加算の加算期間

令和5年度改正で3年から7年に延長されましたが、経過措置により段階的に伸長されます。

相続開始日加算対象期間
令和8年12月31日まで相続開始前3年間
令和9年1月1日から令和12年12月31日まで令和6年1月1日から相続開始日まで(段階的に伸長)
令和13年1月1日以後相続開始前7年間(完全実施)

5 相続税の障害者控除 ― 沿革と、過去に適用を受けている場合

数十年前の相続で障害者控除を受けている可能性があるが当時の資料がない、という場面があります。結論から言えば、当時の年齢さえ分かれば判定できることが多い論点です。

創設は昭和47年度改正

障害者控除は昭和47年法律第78号により創設され、昭和47年1月1日以後の相続に適用されています。特別障害者の区分も創設当初から存在します。

適用開始一般障害者特別障害者対象年齢
昭和47年1月1日以後1万円3万円70歳まで
昭和48年1月1日以後2万円4万円70歳まで
昭和50年1月1日以後3万円6万円70歳まで
昭和63年1月1日以後6万円12万円70歳まで
平成22年4月1日以後6万円12万円85歳まで
平成27年1月1日以後10万円20万円85歳まで

いずれも1年につきの金額で、1年未満の端数は切り上げます。したがって平成7年から8年頃であれば、一般障害者6万円・特別障害者12万円・70歳までという内容でした。

対象年齢を70歳から85歳へ引き上げた改正を「平成15年度改正」と説明する解説が複数見られますが、正しくは平成22年度改正(平成22年法律第6号)です。平成15年度改正は障害者控除の対象者の範囲を改正しているため、これが混同の原因になっていると考えられます。

過去に受けていると、今回の控除に上限がかかる

相続税法19条の4第3項が同法19条の3第3項を準用しており、過去に障害者控除を受けたことがある者には、今回受けられる控除額に上限が設けられます。

今回の控除額 = 次のうち少ない方
 ① 今回の相続で計算した控除額
 ② 前の相続の際に控除を受けることができた金額過去に実際に控除を受けた金額の合計額 「前回控除しきれなかった残額が上限」という説明を見かけますが、これは不正確です。基準になるのは、最初に相続により財産を取得した際に控除を受けることができた金額です。

上限額の計算に使う単価は「現行の金額」

通達にもタックスアンサーにも書かれていない論点

過去の相続が平成27年1月1日より前であっても、上限額の計算には当時の6万円ではなく、現行の10万円(特別障害者は20万円)を使います。根拠は平成25年法律第5号附則13条(障害者控除に関する経過措置)です。

つまり上限額は現行の単価で引き直し、差し引く控除済額は当時の実額という、非対称な組み合わせになります。この点は改正法の附則を読まないと出てきません。同旨の経過措置は改正のたびに置かれています。

資料がなくても判定できる ― 分岐点は当時19歳

上記を前提に整理すると、制限が実際に働く条件はかなり限られます。

制限がかかる条件:
 過去に控除を受けた金額 > 現行単価 × 前の相続からの経過年数

過去に控除を受けた金額の理論上の最大値:
 旧単価6万円 ×(70 - 当時の年齢)

旧単価 ÷ 現行単価 = 0.6(特別障害者も 12万円÷20万円=0.6 で同じ)

 → 0.6 ×(70 - 当時の年齢) > 経過年数 のときだけ制限が働く

経過年数を31年として当てはめると、次のようになります(一般障害者、当時の枠を満額使い切ったと仮定)。

前の相続時の年齢今回の上限額今回の控除額結果
15歳370万円390万円20万円分が制限される
18歳358万円360万円2万円分が制限される
19歳354万円350万円制限されない
25歳330万円290万円制限されない
40歳270万円140万円制限されない
実務上の結論

前の相続当時におおむね19歳以上であったなら、当時の控除枠を満額使い切っていたとしても、今回の障害者控除は制限されません。しかもこれは最大値での試算です。実際に控除できた金額は当時の相続税額が上限ですから、通常はこれよりはるかに小さく、制限はさらに遠のきます。

つまり当時の申告書が入手できなくても、前の相続時点の年齢さえ分かれば結論が出せます。当時19歳以上であれば、過去に控除を受けていたか否かで結論が変わらないため、資料が確認できないこと自体が問題になりません。

ただし、前の相続の時が一般障害者で今回が特別障害者に該当するというように障害の程度が変わっている場合は、計算構造が異なり制限がかかる場面が広がります。国税庁「相続税の申告のしかた」および申告書第6表の記載要領も、過去に適用を受けた場合や障害の程度が異なる場合の控除額については「税務署にお尋ねください」と案内しています。該当する場合は所轄税務署への事前照会が必要です。

当時の資料は残っていない前提で考える

国税庁の標準文書保存期間基準(別表1・索引番号63)では、相続税申告書(一般事案)の保存期間は10年で、満了時の措置は廃棄とされています。納税猶予事案などの例外を除き、数十年前の申告書は税務署側にも残っていないと考えてよいことになります。

申告書等閲覧サービスは相続税申告書も対象ですが、廃棄済みのものは閲覧できません。したがって「調べようがない」という整理で進めることも合理的な選択肢です。ただし、確認を試みた事実と経緯は記録に残しておきます。

資料以外の確認手段

確認できない場合にどちらへ倒すか

制限がかかりうる領域に入る場合、リスクは非対称です。

過大に控除して申告した場合

修正申告、過少申告加算税10%から15%、延滞税。更正の除斥期間は5年です。

控除を抑えて申告した場合

後日、過去に控除を受けていなかったことが判明すれば、法定申告期限から5年以内の更正の請求で取り戻せます。

したがって、確認できないまま迷うのであれば、いったん抑えめに申告して更正の請求の余地を残す方が、加算税・延滞税のリスクを負わずに済みます。ただし5年の期限があるため、申告後も確認作業を続けることが前提です。

6 障害者控除は扶養義務者の税額からも引ける

総合判断で効いてくる論点

障害者控除は、本人の相続税額から控除しきれない場合、扶養義務者の相続税額から控除できます(相続税法19条の4第3項が同法19条の3第2項を準用)。扶養義務者には直系血族および兄弟姉妹が含まれるため、他の相続人である兄弟姉妹の税額からも控除できます。

特別障害者であれば1名あたり20万円×(85-年齢)ですから、年齢によっては1名で1,000万円を超える控除枠になります。障害のある相続人が複数いる場合、控除枠は相当な規模になり、本人の税額を超えて他の相続人の税額からも吸収されます。

これは資金移動の性質判定にも影響します。仮に係争資金を相続財産に計上する整理(預け金・貸付金・名義預金)を採ったとしても、障害者控除の枠が残っていれば、全体の納付税額への影響は限定的にとどまる可能性があります。

つまり、リスクを取って贈与で押し切ることの実益が、思ったほど大きくない場合があるということです。事実関係の確認と並行して、4つのパターンそれぞれの税額シミュレーションに障害者控除(扶養義務者への振替を含む)を織り込んで比較すると、判断の土台が見えやすくなります。

あわせて押さえる点

7 実務の進め方

  1. 事実関係をフラットに聞き取る

    資金を渡した当時の意思、誰が何と言って渡したか、受け取った側が何と応じたか。資金の実際の使途、口座の種別と混在の有無、残高推移、返済の有無と契約書の有無。自分が持っていきたい方向の質問だけにならないよう注意します。

  2. 発言と実態を並べて突き合わせる

    両者が乖離している場合は実態に基づいて判断されます。どこまで理由をつけて説明できるかを検討します。

  3. 4パターンの税額をシミュレーションする

    贈与・貸付金・預け金・名義預金それぞれで税額を出し、障害者控除など使える控除を織り込んで比較します。差額が小さければ、リスクを取る意味自体が薄くなります。

  4. 相続人のリスク許容度を踏まえて方針を決める

    相続人がリスクを取りたくないと言っているのにリスクを取る判断をするのは適切ではありません。事実関係と税額と許容度の3つで決めます。

  5. 主張の根拠を記録・保全する

    どの性質で主張するにしても、根拠となる発言や資料を残しておかなければ、調査の場で争えません。この準備の有無が結果を分けます。

事実関係を細かく確認すればするほど、結論は出しやすくなります。逆に、材料が揃わないまま結論だけを急ぐと、後から覆されます。ウルトラCのような解決策はなく、揃えた材料の量が結論の強さになります。